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君と手を取って~花散


 ―――此花咲耶は、眠っていた。
 否、その双眸を瞑り、動かず、精神を集中し、その精神を以て、自らの管理する異界をコントロールしているのである。
 彼は、制御室と呼ばれる空間にいた。其処は人の精神世界とは真逆の色―――漆黒の闇の色をしていた。その宇宙空間のように果てしなく広い部屋の中、無数の球体が青く発光つつ回転している。これにより部屋の闇は薄れ、青藍の世界に見える。
 球体の大きさは大小様々で、けれど共通して、その表面に規則正しく蛍光緑のデジタル文字で、何事か二進数で刻まれていた。これで異界の様々な事象を管理しているようだ。
 彼は、意識の殆どをその球体に集中させつつも、ぼんやりと自分の思考を働かせていた。
(……おかしい……)
 考えるのは、此処数日の一連の事件の事。
(宵闇の者の数は世界から、いや日本から見ても少ない……何せ今はまだ華羅市にしか存在していないのだから……なのに、立て続けに似たような事件が起こるなんて……それも、俺が此処で、起こらないようにしっかり管理してる筈の……俺が直接行かないと抑えられないような……しかも、直前まで俺の目を掻い潜るようにして……)
 宵闇の者、或いは業魂が独りでいる時に、それは起こる。まるで狙いすましたようにそのタイミングで襲い掛かる業魔。しかも被害者は皆若者だ。そんな事件が立て続けに、四件も起きている。異界の主が筋書き立てた運命を捻じ曲げる形で。
 此花咲耶にこの異界の管理を任せた主は、流石に人々の自然な生命の営みまでを止めるつもりはない。寿命や病気等がそれに当たる。そして、人が起こす事件についても、ある意味自然なものと捉えているところがある。勿論、犯罪等起こらないに越したことはない。それでも、“起こってしまう”のが、世界に多くの人間が住んでいれば無理もないこと。それに、此花咲耶独りに其処までの管理を任せるのも酷な話だ。だから、その辺りには干渉せず、見守るようにしている。
 だが、“業魔”は明らかにそれ等とは異質なものだ。だから、業魔による事件は出来る限り此花咲耶に任せて止めさせるようにしている。勿論、取りこぼしはある。その時はこの異界の基になった世界から、来訪者を呼び出し解決の為に力を貸して貰えるように、シュレーディンガーを通して便宜を図るのだ。
 それでも、此花咲耶が直に世界と干渉しなければならない事件―――つまり、異界の主が定めた運命を大きく捻じ曲げる事件―――は、彼自身が取りこぼしのないよう厳重に目を光らせている。寧ろその為に来訪者達の手だけで解決出来る事件が取りこぼされていると言っても過言ではない。
 そんなわけで、今の今まで止めなければならないにも関わらず、彼が直接“住人”に働きかけなければどうしようもない事件は、起きてこなかった筈なのだ。
(それなのに、どうやって、俺の目を掻い潜って……)
 其処まで考えて、此花咲耶はかっとその双眸を見開いた。
 悪寒がする、なのに汗が流れる。胸騒ぎがした。
 ―――その、次の瞬間だった。


「!!!」


 バリン、と甲高い破裂音が、広大な空間を振るわせる。
 空間の一部が窓ガラスのように叩き割られ、其処から侵入者が入り込んできたのだ!
(こいつ等は……)
 侵入者は、十三体の人型業魔だった。男も居れば、女も居る。その全てが一体化した宵闇の者を模したような風貌だった。そして知性が感じられた。知性を持った人型業魔―――相当の強敵である。
 しかし、此花咲耶はあくまで冷静だった。ゆるりと姿勢を正して浮遊し直し、狼狽える事も無く、相手の正体を分析する。
(業魔の中でも特に万物の王に忠誠を誓い、動けない王の手足となって動いてる存在か……まぁ、末端なんだろうけど。大方いつの日か復活されるその日の為に、とかって外界の情報を集めてるんだろ。隙あらば、宵闇の者や業魂を潰して、尚且つ業魔を出来るだけ増やしながら)
 成程、そう考えれば一連の事件の説明も着く。恐らくは通常の業魔より遥かに高い知能を持った獣業魔や、知性を持つ強敵人型業魔も、彼等の差し金だろう。
 そして―――あわよくば、混沌を齎しやすくする為に、此花咲耶を消せればと。
(万物の王そのものが何考えてるかなんて判んないだろうに。短絡的な奴等だ)
 とは言え、そんな事を言ったところではいそうですかと彼等が大人しく引き下がるとは思えなかった。思い込みとは時に厄介な程に力となるものだ。
 此花咲耶も一応、侵入者への対処法は心得ている。だが元々頭脳労働派であり後方支援特化型である彼だ。この人数を相手に持ちこたえつつ、全員を排除するのは流石に荷が重かった。
 それに……。
(一掃する奥の手もあるけど、最後の手段だしなぁ。当たれば大きいけどリスクもそれなり……)
 だが、迷っている暇はない。
「こうなれば……」
 此花咲耶は冷や汗を流しつつも、不敵に嗤った。


「俺自身に、運命を……希望を繋ぐしか、無いでしょうよ!!」



*闇



 ――この場に喚ばれた全員が、目を丸くした。
「……ここ、どこ?」
 水瑠 摩耶【a4510gp】が、辺りを見回す。他の九人も、意図せずしてそれに倣った。
 其処は、漆黒の闇だった。だが、辺りの様子を伺うことは出来る。桜の華の如き薄紅の、ほの明るい灯が、空間の至る所を漂い、この広大な闇の全てを照らし出している。
「前にも似た様な事がありましたが」
 中村 玄奘【a2666hp】の言葉に、数人が頷いた。突然の移動。危機に瀕した宵闇の、或いは業魂の下へと、気付けば己が身ひとつでその手を貸しに。そんな事が以前にもあった。今は、相棒が傍らには居る。けれど、状況が酷似していた。
 彼等は、捜した。今回も意味があって喚ばれたのだと、それが判っていたから。そして、見つけた。
 アルビノ、とでも言うのであろうか、白の髪に、赤の瞳を有した、線の細い男が其処に居た。彼の視線を追うと、其処には十数体の業魔の姿も見て取れた。
 皆、男の下へ向かった。何と無く事情は察せないでもないが、今まで散々振り回されてきた分、取り敢えず聞くべきことを聞いておかねば気が済まない。
「お前は、誰だ?」
 まず尋ねたのは、荒谷 霧葉【a6148hp】。彼自身は強制転移は今回が初めてだが、書類整理の仕事中に突然の転移だったのだ。華羅市は魔窟かと思える位には、驚くのも無理は無い。
「……サク……いえ、此花咲耶、です」
 前方を警戒しながらも、顔を見ないのでは失礼にあたると思ったのか、やや、身体を霧葉達の側に傾けて、男――此花咲耶が答える。
 この男が“サク”なのか。最上 史狼【a4228hp】は、神妙な面持ちで、此花咲耶を見つめる。“サク”と名乗り、不可解な現象を引き起こしてきた男――そんな事を史狼が考えている時、ずいと前に出る男が居た。伊崎 波純【a5590hp】だ。彼はいきなり此花咲耶に掴みかかる――のは流石に抑えたが、ぐっと此花咲耶の肩を掴んだ。これには此花咲耶も面喰った表情を見せる。
「お前がこないだ幸音を勝手に移動させたんだな!?」
「え……あ、ああ、その節は、お世話になりました」
「お世話になりました、じゃねぇよ! でまた今回も……! あのなぁ、了解も取らねえでいきなり引っ張ってくるのはやめろっての!」
「ま、まぁまぁ波純ちゃん」
 不破 幸音【a6018gp】が宥めるが、史狼、摩耶、玄奘、そして彩乃 龍桜【a2887gp】辺りはうんうんと頷いていた。同じ事を経験した身なので波純の気持ちは判る。
「おかげでこっちは半泣きで街中駆けずり回る羽目に……」
「え」
 幸音の疑問符に我に返った波純が、咳払いで誤魔化す。と、その時だった。
「……! 皆さん、避けて、下さいっ!」
 ジル=デュドネ【a6721gp】が声を張り上げる。それだけで、皆は全てを察した。敵が、此方に向けて、一斉攻撃を仕掛けてきたのだ!ある者は突撃し、ある者は狙撃する。だが、皆、寸での所で回避し、事無きを得る。
 此花咲耶はちっと舌打ちすると、喚び寄せた“運命”達に懇願する。
「俺に思う所とか、言いたい事あるのは判ります! 文句言われるのも覚悟の上です! けど、今は……説明や謝罪は後で、皆さんの納得のいくまでさせて頂きます! ですから、今はこの異界を救って下さい!」
「ど、どういう事なの?」
 おろおろと、青空 晴天【a4363hp】が尋ねる。すると――とんでもない答えが返ってきた。


「アイツ等を追い出さないと、この異界が消滅するんです!!」


「……え」
 皆が、息を呑んだ。この異界が消える?
 異世界からの来訪者である史狼達には、それでも何の影響も無いのだと此花咲耶は言う。だが、この世界は、そしてこの世界に住む、光は、健は、瑠音は、満は、清春は、希は、菊乃は、景時は、柚希は、神楽は、雛奼は、連は、瑞希は、黎明は、椿は、夜藍は、亮は。
 絆を紡いできた彼等の存在もまた、この世界と共に消え去ると言うのか。
「……そんなのって……」
 晴天の肌から血の気が引いていく。他の皆もその殆どが、得体の知れない恐怖を覚えていた。
「……俺は、アイツ等を消し去る事が出来ます」
「出来るのか!?」
 此花咲耶の言葉に驚きを隠せない青空 浄化【a4652gp】。
 だが、史狼や玄奘は、確かに彼なら出来るのかも知れないと、そう思っていた。彼は即席で、沙耶の許可も無しで、儀式も行わずに、一時的とは言え重魂を行うことが出来るのだ。業魔に何らかの作用を齎す力を持っていても、おかしくは無い。
 けれど、懸念もある。繰り返しになるが彼によって行われる重魂は一時的なものだ。それを考えると、一時凌ぎにしかならないのでは、と。
 此花咲耶はそれを読み取ったかの様に、微笑んだ。
「大丈夫ですよ。反動はありますけど、永遠に復活する事はありません。ただ……」
「ただ?」
「時間がかかります。その間にアイツ等の足止めをして頂きたい。その為に喚びました。お願い出来ますか」
 ――成程、そういう事か。
 反動とやらが何かは判らないが、兎も角足止めさえすれば、後は此花咲耶がどうにかしてくれるらしい。
「ま、まあ今回は二人一緒だし、事情が事情だから大目に見てやるよ」
 波純の肯定に続いて、皆も頷いた。
「取り敢えずは業魔抑えるのが先か。何か秘策があるんだね?了解、なら、それまで何とかしてみせようか!」
「みんなが助かってるのは事実だし、信じるわ、あなたの事」
「まずはこの状況を何とかしないといけませんね」
「この状況だ。盾として行動しよう」
「とりあえず困ってる人は助けなきゃ。ね?」
「ウチも浄化と一緒に頑張るのっ」
「うん、この異界は消させないさ!」
 史狼が、摩耶が、玄奘が、霧葉が、幸音が、晴天が、浄化が。
 そう、言ってくれるものだから。
「……有難うございます」
 此花咲耶は、花が咲く様に、柔らかく、笑んだ。





*志



「とりあえず、自己紹介を、するべき、なのでしょうか? 個人名がわからない、と、戦闘時、不便、ですし」
 敵の猛攻を、後方の此花咲耶に行かないようにしつつも掻い潜りながら、ジルの提案で、それぞれが簡単な自己紹介を終える。とは言え、名前だけだが。
 そしてざっと作戦会議。
「時間稼ぎならわたし達の霊技が役に立つはずだわ」
 敵の動きを縛る事に長けた、史狼と摩耶。
「メンバーの中で、回復と遠距離からの援護攻撃が出来るのは私たちだけのようですね」
 後方支援を一手に担う、玄奘と龍桜。
「僕は、霧葉の盾だから、霧葉を、守ります。此花さんも、他の方も、守ります」
 盾となり守りの要となる、霧葉とジル。
「俺達は敵の牽制だな。厄介な敵の動きを封じられれば良いけど」
 その拳ひとつで、敵陣に攻め入る波純と幸音。
「じゃ、背中は任せてね、なの!」
 同じく、敵陣を引っ掻き回す、晴天と、浄化。
「敵の数多いわね……それに麻痺技持ってるのがいるみたいよ。だったら先手必勝ね」
「それに、敵の数とこちらの人数から考えて、まともに相手をしては不利だね。敵の回復役と麻痺技持ちを中心に攻撃しよう」
 摩耶と史狼の提案は、大勢を相手にする時の、基本を押さえていた。故に、反論する者は居ない。
「じゃあ、決まりだね」
「史狼、行きましょう」
「ああ、何はともあれ、まず、この異界は護ってみせるよ……」
 摩耶の左肩に、史狼の右手が伸びる。そして、触れるか触れないか、その刹那に、摩耶の姿は光の粒にも似た粒子となって、史狼の右手に、魂命石諸共呑まれてゆく。
 かと思えば、次の瞬間には、摩耶は史狼の右手、青々と茂る葉を有し風を取り込む樹の翼と化していた。
「いくぞ龍桜、全ての業魔を釘付けにするつもりでやる」
「ええ、射って射って射ちまくりますよ!」
「ああ、そうだな。それでは……行こうか」
 頷き、玄奘が差し伸べた右手に、左手を差し出すと同時に、粒子となって、玄奘の掌の中へと飛び込む龍桜。彼女もまた、今まさに玄奘の腕とならんとしている。
 しかし彼女は、玄奘の利き手とは逆の、左腕となって現れる。と言うのも、彼女はシンプルな形状の、黒き弓へと姿を変えたのだ。
「事情はわからんが、なすべきことをなすだけだ」
「うん、霧葉」
「始めよう」
 霧葉が、ジルの喉を覆うように、その手を翳す。それを合図に、ジルもまた、粒子へと姿を変える。それは矢張り、霧葉の腕になるべく。彼の腕を、覆ってゆく。
 再び現れた彼の姿は、鈍くしかし澄んだ光を薄らと宿す、黒き盾。宛ら守りの要たる、城壁の一片。
「じゃ、何とか守り切って色々話聞かせて貰おうぜ!」
「了解! じゃ、頑張ろう!」
「応!」
 波純が伸ばした右手は、幸音の左手に。呼応する幸音は、矢張り粒子と化して舞い、波純の下へ。それ等は波純の腕で、新たな姿を形成してゆく。
 形成されたその姿は、朱雀か、或いは鳳凰か。まさに鋭さと力強さを兼ね備えた、紅の鉄甲であった。
「ウチも、皆に続くのっ」
「ん、準備いいか、晴天?」
「任せてなの♪」
 晴天は、浄化に笑顔を向けると同時に手を伸ばす。浄化もそれを笑顔で受け止めた。結果、彼女の姿も粒子のそれになり、晴天へと向かう。
 そして浄化は、重厚な姿と造りを兼ね備えた、鋼鉄のガントレットとなって、晴天と共に在った。
「全員が、一体化したようですね」
 玄奘の確認に、皆が頷く。戦いはもう始まっている。
「よし、皆、俺達の視界に入らないように自己強化を!」
 史狼の言葉に、皆が彼の考えを察し、一歩退いた。逆に史狼は一歩踏み出す。
「……彼の者の身を守りたまえ」
 霧葉が祈るように唱えた言葉は、刹那、此花咲耶の影に紅の十字を映して、消える。そして――それと全く同じものが、敵の、タケナギ使いのような斧の腕を持った業魔の影にも現れた。
 但し、齎される効果は全く別のもの。此花咲耶には守護を、敵業魔には眩惑を。
「攻撃的援護、守備的援護、そして回復、全部やらなきゃいけないのが唯一の後衛職としての辛い所ですが」
 此処が弓師としての意地の見せ所。たとえ腕が折れようと――その決意が、彼の気をぐんと飛躍的に高めてゆく。穏和な印象を与える眼差しは精悍な鷹のそれの如くつり上がる。
 ――と、同時に近接攻撃型と思しき敵は最前列の史狼に向かって駆け出す(尤も、タケナギ型業魔のみ霧葉に向かっていたが、霧葉はいつでも前に出られるよう史狼のやや後ろに陣取っていたので、結果的に向かう方向はほぼ変わらない)。
 だが、史狼は不敵に笑んだだけだった。
「この瞬間を、待ってたんだ。少し止まって貰おうか!」
 言うや否や――史狼の眼前、敵を包み込むように、霧が音を立てて立ち込めた。濃霧は敵の動きを阻害し、惑わせる。
 しかしその霧もやがて晴れ、再び互いの姿は露わになった。だが、敵陣にはある変化が生じていた。見ると、耐性があったのか近接攻撃型と思しき敵、そして耐性技を持っているのであろうハニヌシ型業魔とヲヲトコ型業魔は何事も無かったようにけろりとしていたものの、他全ての業魔は苦しげに動くと、その動きを止めたのだ!
 史狼が発生させた霧は、濃密な麻痺毒を霧散させたものだったのだ。全員とまではいかなかったが、回復型のシノヒコ型業魔を止められた、加えて援護射撃型、妨害型の業魔は全てその動きを止めたのだ。これはかなりの成果を挙げたと言っていいだろう。
「っしゃ、漸く出番だな!」
「ん、行くなの!」
 待機していた波純と晴天が一斉に動き出す。狙うはシノヒコ型業魔とヲヲトコ型業魔。
 それを察した近接攻撃型の業魔の内、タケナギ型業魔を除く四体が、行かせまいと狙いを波純達に定めるも、その間に霧葉が割り込んだ。盾の周囲では一瞬、燐光が飛散し、同時に盾そのものには十字の文様と黒曜石の牙が付随されていた。これが、霧葉とジルの本気の現れなのだろう。
「サンキュ!」
 駆け出す波純と晴天。妨害も無く、あっと言う間に距離は詰まる。ヲヲトコ使いも、当初の立ち位置から動いてはいない。
 ――仕掛けるには、絶好の好機!
「燃え……尽きろっ!」
 炎を纏うが如く赤熱した紅蓮の手甲で、未だ動けぬシノヒコ型業魔とイムカミ型業魔を巻き込みながら、ヲヲトコ型業魔へと怒涛のラッシュを叩き込む!
 元々体力の少ないシノヒコ型業魔とイムカミ型業魔は、巻き込まれただけで既に満身創痍。ならばまともに連撃を喰らわせたヲヲトコ型業魔は、立っているのがやっとだろう。とどめを刺そうと、波純は再び腕を振り被り――絶句した。
(……効いて、ない!?)
 全くダメージが無いわけではないだろう。だが、ヲヲトコ型業魔はかなりの余力を残した状態で、立っていた。
『……月盾八重歳極!』
 幸音が、その謎に気が付く。敵は余裕綽々、しかし反撃してくるでもない、回復もしない。そう、動けないかのような状態のそれは、業魂・ヲヲトコの奥義――月盾八重歳極と、まるで同じもの。
 しかも恐らくは、益荒男ノ祝躯辺りを同時に組み込んで使っているのだろう。でなければこの異常なまでの耐久力の説明がつかない。
「……くそっ!」
 悪態を吐く波純。
『でも、益荒男ノ祝躯の効果は一回だけ! 月盾八重歳極の状態では霊技は使えないから、次はもっと効く筈だよ!』
「やるしかねぇ、って事か……上等だ!」
 気合を入れ直し、改めて、拳を構え直す波純。そのすぐ横で、晴天はシノヒコ型業魔に追撃を仕掛ける!
「ちゃっちゃと終わらせて、ウチもヲヲトコさん攻略を手伝うの! だから、避けないでね!」
 そうでなくても全身に力が入らない様子のシノヒコ型業魔、言われるまでも無く避けられる筈も無く。
「せいやぁっ!!」
 此方もヲヲトコ型業魔を巻き込む形で、シノヒコ型業魔に駄目押しの疾風コンボを見舞う。風の精霊の加護により増した力で、流れるような剣舞ならぬ拳舞を放つ!
 真正面からそれ等を叩き込まれたシノヒコ型業魔の胸元、鈍いエメラルド色に輝く業命石が、砕けた。か細い悲鳴を残して、彼女は消えてゆく。
「やった、倒せたの! よーし、援護するの!」
 急ぎ波純の助太刀に向かう晴天。その間、史狼と霧葉は、前衛で敵を抑えていた。
「麻痺が効かないなら、攻撃で牽制させて貰うよ」
 そう宣言すると、史狼は敢えて、盾役を買って出た霧葉の、やや前に出る。
「ちょっと大人しくしてね」
 黄みを伴った明るい緑の瞳が僅かに光ると、前衛の敵を越えて、クラツビ型業魔へと翼による斬撃を浴びせる。よろめく彼を横目に、史狼は数歩退いた。だが、其処に追い縋ってきたイハナオ型業魔が、拳を振るって追撃してくる!
 だが――それこそ、計算通りであった。咄嗟に、霧葉がその攻撃の前に跳び込んだのだ。それも、ただ闇雲に飛び込んだわけも無く。
「……自分の技で自滅しろ」
 イハナオ型業魔が霧葉の盾に打ち込んだ、その瞬間、その身体に衝撃が走り、吹き飛んだ。霧葉は、予め仕込みをしておいたのだ。敵の攻撃が、自分に跳ね返るように。見れば、盾の四方を飾っていた黒曜石の牙が、盾の更に前に半透明の薄い霊気の盾を形成していたのだ。
 これは鏡の如く攻撃をそのまま相手に返す盾。イハナオ型業魔はその為に吹き飛んだのだ。全身全霊の力を込めて打ったそれは、それだけに自己に与えるダメージも多大なものであった。まだ僅かに体力は残っているようではあるが、既に満身創痍。
 しかし其方に気を取られていた霧葉に、先程引き付けたタケナギ型業魔が迫る!
『……っ、霧葉!』
 ジルが叫び、霧葉も察するが、盾の移動が間に合わない。しかし――斧が振り下ろされる直前で、その動きが止まった。
「私の目の前で、好き勝手させる訳にはいきませんね」
 タケナギ型業魔の、ペリドット色の業命石、その僅か数ミリ横に逸れた位置に、玄奘の放った矢が突き刺さっていたのだ。霧葉に当たるか当らないかのギリギリの所まで振り下ろしていたら、業命石は確実に砕け散っていただろう。
 一瞬、動きが止まったその相手に、史狼が再び斬撃を繰り出した。霧葉は、その間にも玄奘と此花咲耶を護るように動く。敵は反射効果のお陰で迂闊に手が出せない。史狼を放置して力尽くで突破する作戦が、これで使えなくなった。
 玄奘も、動きが止まっているとは言え厄介なイムカミ型、カガツミ型、イツハヤ型業魔の動向に気を配りつつ、史狼を追おうとする業魔達に牽制射撃を行う。
 波純や晴天も、じわじわとではあるがヲヲトコ型業魔を追い詰めつつあった。
 ――此花咲耶は、まだ動かない。





*光



 遂に、ヲヲトコ型業魔のオパールの如き七色の光を放つ業命石が砕かれた。
「やったぜ!」
「これで回復特化の敵は倒したの!」
 波純と晴天がハイタッチする――が、次の瞬間には史狼に合流し、他の中衛~後衛の敵に向かっていた。まだ、戦いは終わっていない。
 史狼は攻撃のついでに更に麻痺を重ね掛けしていた為、彼等が相手取る敵は最早殆ど動けない状態になっていた。
 前衛の敵も、既に眩惑を受けていたタケナギ型業魔が誤って霧葉に正面から斧を振り下ろし、今度こそその攻撃を反射され、業命石を砕かれる事となっていた。
 しかし敵もさる者、全く反撃が出来ていないわけではなく、反射の効果が切れた霧葉を狙ったり、逆に仲間を庇おうとしたハニヌシ型業魔に史狼の攻撃が反射されたり、宵闇の側も無傷とは言えない状態だ。
『……霧葉、ダメージが』
「ああ、判ってる。盾が崩れるわけにはいかない」
 霧葉が自らを白光で包み込むと、まるで奇跡のように傷が癒えた。史狼の受けた傷は、玄奘が水の弾丸を内包した矢で敵を史狼から引きはがし、その上で史狼を霧に包みこみ、癒していた。
 しかし、此処で摩耶は気付いてしまった。
『……玄奘さん、腕が』
 弓を射る。その反動は軽いものでは無い。右腕がズシリと重くなった。
「右手もそろそろ限界ですか……歳はとりたくないものですね……まぁいい、いざとなれば……」
『玄奘さん……』
 自嘲的な微苦笑を浮かべつつも、玄奘の心は折れない。龍桜はせめて彼そのものが無事であるように、祈る。
「あいつ……まだなのか?」
 波純が此花咲耶を見やる――そして、目を見開いた。


 ――此花咲耶の全身から、淡い桜色の光が、桜の大樹の如く立ち上っているではないか!


「も、もう少しなの!」
 晴天が叫ぶ。希望は見えた。皆の士気が、更に高まってゆく。
 その瞬間、呼応するかのように、光が更に膨れ上がり、凝縮出来なくなった一部のそれが、光の粒となり空間を舞い、満たしてゆく。桜の花弁のように。
 敵もそれに気付いたか、残り十体で、宵闇の者達を突破せんと、押し寄せんと猛る。だが、実質動けるのは、最早前衛の四体のみ。しかもイハナオ型業魔は満身創痍だ。
 満足に動く事も叶わない中衛の業魔達に至っては、史狼が集中攻撃したクラツビ型業魔を筆頭に、殆どが疲労困憊といった様子。
「押し切れる……行ける!」
 その霧葉の確信めいた言葉に、皆が力を得て――最後の仕上げに移る。
 波純がイムカミ型業魔を、晴天がクラツビ型、玄奘がカガツミ型業魔をそれぞれ狙い、霧葉は玄奘と此花咲耶の前に陣取り、鉄壁の構えを見せる。攻撃手段を使い果たした史狼は、玄奘が危険視リストに入れていたイツハヤ型業魔に麻痺を重ねてゆくことに専念する。
「もう疲れてるでしょ? 今楽にしてあげるの!」
 物騒だが彼女なりの優しさで、晴天はクラツビ型業魔に向けて、一瞬にして間合いを詰めると、縦拳と肘打ちを同時に打ち込んだ。耐え切れず吹き飛び、遂にその真珠の如く白い業命石が砕け散る。
 と、その瞬間、やや離れた場所で轟音が響いた。見れば、波純の炎が槍が如き霊気が、イムカミ型業魔の水晶にも似た業命石、そしてイツハヤ型業魔のアクアマリンと見紛う業命石を穿っていた。波純はその二体の中間の位置まで一瞬で移動していたのだ。
「そんなヘロヘロで、逃げられると思ったかよ?」
 そんな彼の背後で――どうやら麻痺が少しずつ緩和されてきたらしいカガツミ型業魔が、矢を向けていた!
「伊崎!」
 ジルが促した注意を、波純に伝える霧葉。しかし波純の反応が一瞬遅れる。だが、次の瞬間――霧葉の、そして波純の横を掠めて、激流が、カガツミ型業魔へと飛来した。
 水の道とでも言うべきそれは、魂を削る程の覇気を以て奔る矢を、真っ直ぐに敵の業命石へと導いていた。
 パリン、と鋭い音を立てて、ダイヤモンドが、否、それとよく似た業命石が、砕けた。
「誰かの差し金か、相談して決めたか……どちらにしても数で押せばどうにかなるとか、そういう小賢しい事とは無関係な所に、強者は存在するものです」
「玄奘さん!」
 玄奘は力無く笑ってみせると、その場に膝をついた、既に体力も右腕も悲鳴を上げている。すかさず霧葉が光による癒しの奇跡を与えるが、もう限界に近い。
「くっ……サク!!」
 史狼が叫ぶ。
 同時だった。


「お待たせしました」


 此花咲耶を中心に展開される、淡い桜色の光。
 それが今、最高潮に達しようとしていた。満開の桜のように。
「皆、横に逸れて下さい。霧葉君も」
 優しく、しかし力強いその声。皆、何かに導かれるように、その言葉に従った。此花咲耶と敵の前に、盾で隔たれない道が出来た。
 業魔の群れが押し寄せる。
 此花咲耶が、微笑んだ。


 真っ直ぐに差し伸べられた此花咲耶の右手は、全ての光を凝縮し――桜色の閃光を、一直線に、撃ち出した。


 ――刹那、世界が光で覆われた。





*桜



 再び宵闇の者達がその瞼を持ち上げると――其処は、静の世界だった。
 先程まで攻め寄せんとしていた業魔達も、彼等を滅すべく煌めいていた桜色の光も、跡形も無く消えていた。何事も無かったかのように。
 そんな静寂を打ち破ったのは、他でもない此花咲耶その人だった。屈託の無い笑みを浮かべていた。
「お疲れ様でした! いや、本当に有難うございます、助かりました」
 ぺこっと、お辞儀ひとつ返す此花咲耶。本当に先程、あの強大な力を使った男なのかと問い詰めたくなるが、今聞きたいのはそうではなく。宵闇の者達は一様に一体化を解くと、此花咲耶の下へと駆け寄った。
「わたしもここに来たから、うちの一門全員お世話になったのねぇ?」
 にっこり微笑む摩耶。すると、此花咲耶も微笑を返す。
「あ、そう言えばそうなりますね。いつも三人で頑張ってるんですね、お疲れ様です」
「ごまかそうとしても無駄よ。正直に話してね?」
 にっこり。
「はは……判ってますよ。ちょっとした冗談です。さて……何からお話しましょうか。貴方達には聞く権利が、俺には答える義務があります」
 苦笑してからではあったが、此花咲耶は真剣な面持ちに切り替える。どうやら約束は守ってくれるようだ。
「サク、貴方は自分を此花咲耶と名乗った。日本の神話に登場する神と名が似ているけれど……ここは一体どこで、貴方は何者?」
 史狼の問いに、此花咲耶は暫し考えるような素振りを見せた。何処から話そうか考えているのだろう。ややあって考えが纏まったのか、口を開く。
「俺は、簡単に言えば『この異界の管理を任されている存在』です。お察しの通り、神に近いです。ですがこうして敵の侵入を許してしまったり、世界を完全に平和に出来なかったりで、万能ではありませんので、神そのものではありません。まぁ、天使が神様の代行をしてるみたいなモンだと考えて下さい」
 ――自分で自分を天使と言う存在は途端に胡散臭さが倍増するのは何故だろう。
「で、此処はこの異界を制御する、言わばコントロール室みたいなものです。今は敵に破壊されないように移動させたままですが、本来は此処に多くの球体型のモニターとキーボードがありまして……って丸いのにボードって言うか? キーボール? まぁどうだっていいか。ともあれ、それでこの異界を管理してるんです。勿論何度も言いますが俺も万能じゃないので、一度に全てのモニターには目を通せませんし、一度に全てのキーボードを操ることも出来ません。完全な世界平和が成し遂げられない理由は此処ですね。でも管理人増やせないそうです。コストかかるんで」
 神に近い存在にもコストとかの概念あるのか、とツッコみたくなる者もいたが其処は堪える。
「さて、次の質問を受け付けますよ」
「じゃあ……本来の相棒ではなく俺達を、命が危ない人達の所へ跳ばしたのは何故?」
「ああ、それは俺も聞きたかったんだ!」
「確かに……一番の疑問ですね」
 波純と玄奘も、史狼に同調する。
「んー……少し長い話になりますが。お時間大丈夫です?」
「今日は特に用事入ってないから、時間は大丈夫」
「そうだな、最終的に元の場所に戻してくれればそれでいい」
「ん、ウチも最後までお付き合いするの」
 霧葉とジル、晴天と浄化も拒否しなかったので、此花咲耶は軽く頷いた。
「そりゃそうか。流石に俺も用事のある人に助けてなんて言えませんし。じゃあ、約束ですしお話しましょう。そうですね……」
 此花咲耶は再び思案してから、続けた。
「まず、どうして危険に曝された宵闇の者ないし業魂の下へ、本来の相棒を向かわせなかったのか? 此処からお話するとしましょう」
 頷く一同を認めて、此花咲耶は続けた。
「幾ら仲の良い人とは言っても、それより本来の相棒の方が相性がいいのは勿論の事です。何よりそれが自然の摂理。しかし俺はそれをしなかった。皆さんが疑問に思うのも、判ります。けど、ちゃんと理由はあるんですよ」
「理由って?」
「大まかに分けて二つあります。まず一つ目のパターンは、危険に曝されていない方の相棒が、宵闇の者或いは業魂でなく、そして宵闇の事情を知らない複数人の人間に見られている場にあった事。そんな中で彼等がいきなり消えたとあれば、後日大変な事になるのは明白です。このパターンは、片倉一門、秋芳一門、聖一門が該当します。清春君は神社の参拝客達数名に、菊乃ちゃんは部活の仲間に、連君は孤児院の友達に、それぞれ見られていました」
 思い返してみれば、当時、希の下に飛んだ玄奘は森の中、景時の下に飛んだ史狼は大学の帰り道、そして雛奼の下に飛んだ幸音はストリートからの帰り道にいた。それぞれ人通りが無く、或いは人と別れた後の場所だ。周囲には、いたとしてもそれこそ自分の相棒しかいなかったのだ。
「ん? じゃあ、もうひとつのパターンって?」
「もう一つは、呼び掛けるべき本来の相棒が、俺の干渉を受け付けられる状態に無かった事にあります。五十嵐一門がこのパターンです。瑠音君は、焦っていた。俺の干渉を受け付けられる状態に無かった。俺が干渉出来るのは、程度の違いはあれど精神的に余裕を持った相手だけです。でないと手が空いてそうな人を判別出来ませんし。いちいちモニターで探してたら時間かかるし」
「確かにまぁ、あの時は比較的のんびりしてたけど」
「……とまぁ、本来の相棒を呼べなかったのはこの為です。次に、“彼等”を助けた理由ですが」
 それも疑問の一つ。此花咲耶は言葉を選ぶようにして、ゆっくりと答えた。
「彼等は、『情報屋』なのです」
「じょうほう……や?」
 ええ、と頷く此花咲耶。
「と言っても俺が勝手にそう呼んで、頼りにさせて貰ってるだけなんですけどね。向こうは俺の存在知りませんし。どうも何故か彼等は、他の宵闇の者や業魂に比べて、比較的業魔ないし業魔絡みの事件に遭遇しやすい体質にあるようです。ですから、俺は集中的に彼等の様子に注意を払う事で、対処し切れなかった業魔絡みの事件を察知する事が出来る。察知出来次第シュレーディンガーを通して、貴方達のような異界からの来訪者をこの異界に導いて貰う、そういうシステムになっているんです。だから、彼等に死なれるわけにはいかなかった。普通の業魔退治ならどうにでもなりますが、奴等は明確に情報屋を狙ってきてましたから。今回の一件でハッキリしました」
「……」
「あ、勿論彼等の体質以上に、俺が彼等に業魔を寄せ付けるように仕組んだりとかはしていませんので、其処は安心して下さいね。危険なのは百も承知ですから」
「取り敢えず、情報屋を死なせるわけにはいかなかったけれど、本来の相棒を呼べる状態に無かったので、私達を代理に立てた、という解釈で?」
 玄奘の纏めに、此花咲耶はにっこり笑って頷いた。
「俺から話せるのは、以上です。他に、何か聞きたい事ありますか?」
 特に、誰からも声が上がらないのを見て、此花咲耶は――深々と、頭を下げた。
「理由があったとは言え、今までお騒がせして、申し訳ありませんでした」
「いや……まぁ、もういいよ、事情が事情だったんだし」
「そう言って下さると、助かります。さて……」
「?」
「……間に合って良かった。皆さんに真実を話せて良かった。“反動”が来る前に……」
「あ、そう言えば……」
 此花咲耶は、あの“奥の手”に反動があると言っていた。しかし未だにそれらしきものは無いように見える。
「反動って、一体……」
 誰からともなく尋ねたその時――此花咲耶の様子が、急変した。


「……ッ!!」


 口と胸とを押さえて、此花咲耶は苦しげに咳き込む。そして同時に、力無くその場に膝をつき――やがて、ぐったりと項垂れ、その場に倒れ込もうとする。
「だ、大丈夫なの!?」
「しっかりするさ!」
 晴天と浄化がその身体を支えるが、此花咲耶は依然苦しそうだ。呼吸は荒く、全身から冷や汗が噴き出、肌からは血の気がさっと引いていた。
「何処か痛むの!? 看病を……」
 摩耶が差し伸べた手を、此花咲耶は取らなかった。緩慢な動きで、首を横に振っただけで。
「……いいんです……もう、いいんです」
「何がどうなって……」
「……あ、霧葉……あれ」
「!?」
 ジルの視線の先を、霧葉が追う。其処には、此花咲耶の脚がある――筈だった。
「あっ!」
「これは……!」
 波純と、龍桜が同時に声を上げる。此花咲耶はその爪先から、桜の花弁になって、散っていたのだ!
 既に最早膝から下は、空間に舞う花弁となってその在るべき姿を失っている。
「これが……“反動”……!?」
 幸音が悲痛な声を絞り出す。その間にも、此花咲耶の身体は太腿の半ばまでその姿を花弁へと変えていた。
「何がどうなって……一体どうしたら、これは」
「……どうしようも、ありませんよ玄奘君。こうなる事は……あの時にもう、決まっていた」
「そんな簡単に諦めるな! 貴方がいなくなったらこの異界は」
「史狼君」
 思わず怒鳴りかけた史狼を、それでも此花咲耶は、冷静に、寧ろこれがさも当然であるかのように、諭した。
「……大丈夫ですよ。大丈夫なんです。桜の木と……同じです。儚く散るのが運命。それでも……種を成してまた芽吹く」
 儚い栄華の象徴、木花咲耶姫。彼女の名を冠する此花咲耶もまた、散るが定めと言う。
「……此花咲耶は、また生まれます。俺の全てを受け継いだ、新たな此花咲耶が、ね。君達の事も、知っています。受け継がれていくこの魂が、覚えています」
「でも、でも!」
 それは今の此花咲耶自身ではない。同じ姿、同じ性格、同じ記憶の持ち主でも、今、彼等の目の前にいる此花咲耶ではない。晴天の双眸から、涙が零れた。
「……気にしないで下さい。きっと君達が、此処を訪れる事は……もう無い。あ、それでも……身勝手ですが、お願いが……聞くだけ、聞いてくれませんか」
「……!」
 唇をきつく噛み締めて、幸音が頷いた。
「……有難う」
 此花咲耶は、既に胸から上だけになった今でも、柔らかく微笑んで、告げる。
「……史狼君。摩耶ちゃん。玄奘君。龍桜ちゃん。波純君。幸音ちゃん。本当に、ご迷惑をおかけしました……それに、霧葉君。ジル君。晴天ちゃん。浄化ちゃん。君達にも、申し訳無い事をしました。君達も……巻き込んでしまった。しかも、こんな情けない姿まで、俺は曝して……それでも」
 真っ直ぐ、手を伸ばす。今は力を使う為でなく。
「この期に及んで、また身勝手な願いをって……思うでしょう、きっと。でも、それでも……この異界は、一時的にでも、管理人がいなくなる事で……乱れるでしょう。今までは、俺が抑えてきた……強力な業魔も、きっと現れる。だから、もしその時……君達が、今度は、俺の強制でなく……この異界を、護りたいって、思ってくれるなら」
 その瞬間、此花咲耶の顔が、初めて悲痛に歪む。
「……この異界を、頼みます」
 その手を取ろうとしたのは、誰であったか。
 指先が触れる――その直前に、最後の此花咲耶の存在が、花弁となって、消えた。
 一人の、此花咲耶という存在が、消えた――その瞬間、世界は花弁を伴う光に包まれた。


 ――もし、見間違いでないのなら、





*散



 気が付けば、一同は、入江地区の海の公園に立ち尽くしていた。
 何となくではあったが、彼等は其処が、自分達の本来あるべき世界の入江地区であることを、悟っていた。
 帰還したその地で、彼等は何を思う。


「……ジル、よくやったな」
 霧葉の言葉に、ジルは首を傾げたが、霧葉の方には確固たる心算があっての言葉であった。
 宵闇の者、そして業魂である以上、業魔との戦いは避けては通れない。本当なら、ジルを争いに関わらせたくはないのだが、非情にも襲い掛かってくる、現実。それでもジルは霧葉の為と、共にあってくれるから。
 だから、無事に帰れたら、褒めてやりたかったのだ。
「けど、霧葉」
 ジルは、他のメンバーを見やった。霧葉も、頷く。
「……俺達は、勝った。だが……失ってはいけないものを、失ってしまったような感じだな」
 それは、霧葉もジルも感じていた。先程初めて出会ったのが初対面の筈だったのだが、この大きな喪失感は何だろう。
「……きっと、あの人ずっと、独りで……孤独に、あの異界を護ってたの、きっと」
 泣きじゃくりながらも、晴天はそう言った。言葉にしないと、余りにも儚く散って逝った。あの管理人が――否、ひとりの青年が、不憫で。
「誰かに助けて欲しかったんだな。ずっと、本当は」
 浄化が、晴天の頭を撫でた。
「……勝手な奴だったけど……それでもやっぱ、悪い奴じゃなかった、よな」
 波純も、険しい表情のまま、やっとの事で言葉を絞り出す。それしか、言えなかった。色々な想いが綯交ぜになって、怒る事も、憐れむ事も、出来なかった。
「一生懸命な人だったよ、あの人。ね、波純ちゃん……」
 そう言う幸音の声は、震えていた。そんな彼女の肩を、今度は人目を気にせず、波純は抱いてやる。互いに支え合うようにして。この思いを共有するようにして。
「判ったわ、わたし。きっと不器用だったのよ、彼は……」
「……そう、だろうな。あの明るさは……それを隠す為だったのかも知れないと、今は……何となくだけど、思うよ」
 少しでも気丈に振る舞って。葛藤や苦痛をその細い身の内に抑え込んで。笑顔の仮面で蓋をして。
 そうして、虚勢を張って、あの異界を護ってきたのだ。
 龍桜が、玄奘の袖を引く。
 ――もし、見間違いでないのなら、
「玄奘さん、あの人」
「……」


「泣いてた」


 玄奘は、慣れぬ手つきの左手で、煙草を口に銜え、ライターで火を点けた。鈍色の煙が空に溶ける。
 彼なりの、追悼の煙は届いただろうか。あの孤独な管理人――此花咲耶に。





――了――



作品詳細
商品名 シナリオノベル+ クリエーター名 叢雲アキラ
異界 月の満ちる所
参加キャラクター 【a4228hp】最上 史狼
【a4510gp】水留 摩耶
【a5590hp】伊崎 波純
【a6018gp】不破 幸音
【a2666hp】中村 玄奘
【a2887gp】彩乃 龍桜
【a4363hp】青空 晴天
【a4652gp】青空 浄化
【a6148hp】荒谷 霧葉
【a6721gp】ジル=デュドネ



この作品を作ったクリエーターの紹介(異界へ移動します)

詳細
【writer】 叢雲アキラ
【最新更新日】 2015/01/08
詳細
【writer】 叢雲アキラ
【最新更新日】 2013/11/13